生死を彷徨う事故や病気から復活。人生を見つめ直す40代男性のブログ。

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考えるな、感じろ。

 

 

少しずつ外の空気を吸っています。処分するタイヤを小屋から運んできたり、草刈り、パン箱の掃除、水槽の掃除、カブトムシの土交換など・・。

 

男性の前厄(40歳)、本厄(41歳)、後厄(42歳)を見事に経験しており、厄上等で過ごしていた僕もすっかり弱腰。そもそも厄ってなんやねん?というところから知らねばなりません。

 

簡単な話、そのぐらいの年齢になったら”気をつけなはれや!”という庶民の知恵だそうです。当然、根拠などあるはずはありませんが、しいていうなら統計学なことなのでしょう。

 

統計学といっておいて突き放されますが、解決策は”財産を他人に贈与する”ことなのだそうで、ご馳走を振舞ったり、お菓子なんかを近所に配ることが厄落としになると考えられているそうです。

 

で、忘れてはいけないのが”御礼参り”なのだそうです。ここで再び神様の話に戻りますので、僕のようなタイプの人間は頭が混乱しています。Don't think!Feeeel!!(考えるな、感じろ)の精神でしょうか?

 

お、我ながら

これなら少し解りそう。

 

「考えるな、感じろ」は、ブルースリー先生の映画での名台詞ですが、映画でのセリフの全文はこうです。「考えるな、感じろ。指先のむこうにある月をみるんだ。指先を見ていては月は見えないぞ(栄光はつかめないぞ)」的なセリフです。

 

実はこれは禅問答が元になっていて

ある書物の意味をたずねた修道女に導師は「私は文盲なのでどんなことが書いてあるのか、本を読んでくれないか」と答えると、その修道女は、
「あなたは字も読めないのに,どうしてこの話の意味を私に説明できるのでしょうか。」
すると道元導師はこう答えたのです。

「真実は言葉とは何の関係もない。真実は空に見える明るい月に例えることができます。
言葉は、この場合には、指に例えることができます。指は月の位置を指すことはできますが、大事なのは指ではありません。
指にこだわっていては月を見ることはできません。真実にたどり着くには指を越えてその先の月を見なさい。」

 

上記の文が元になったと言われています。

サンドウィッチマンのコントなら「ちょっと何言ってるか分かんない」と言うところでしょうが、もう少し頑張って理解してみると

 

真実を見据えれば、言葉が分からずとも真実に辿り着く手段が目的化してはいけないとは言いますが、現実的な言葉にいい代えるならそんな感じなのだと思います。

 

僕の最終的な解釈はこうです。お礼参りや厄払いというのは”日々、小さなことに感謝して過ごそうよ”という事ではないでしょうか?

 

心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば人生が変わる。という言葉が有名ですが、まさにそういう事なのだと思います。 

 

次の厄(前厄60歳、本厄61歳、後厄62歳)は、穏やかに過ごせるように暮らそうと思います。