子供達との陸上・駅伝ブログ

RungraC

太らないなら走らない

阪神淡路大震災の復興支援ミュージシャンとして活動していたあの頃

こんにちは、ナザトです。

 

阪神淡路大震災から25年が経過。復興支援ミュージシャンとして活動していた事もあり、実際に被害に遭われた方の比ではありませんが、この時期になると僕なりに思い出す事があります。

 

www.kobe-np.co.jp

 

お世話になったTさんが掲載されている記事。家に泊まらせてもらったり、長田の喫茶店でモーニングしたり、僕の人生で長田は思い出深い場所。

 

松村邦洋さん、太平かつみさゆりさんなども、何度かご一緒させていただいた。バンドマンとして最も嬉しかったのは、ガガガSPと何度か同席できた事。1度目はYahoo!BB球場での始球式イベント。当時はまだ珍しかったデジカメを持っていったけど、メモリーを忘れてくるという大失態。結局うつるんですでツーショットなどを撮らせていただきました。

 

あれが確かお盆の出来事で、ウチのお店の2階をオープンした直後だったと記憶しています。現在のMugiwa Liveの場所。バスケの家練の場所です。

 

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当時は何時間でも働けると思っていて、3時からパン屋をして、深夜までバーをしていました。寝ない事も。当然、体調を悪くして、どうにもならないぐらい悪化するわけですが、その反省をいかして今の生活、判断があるわけです。

 

 

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今も音楽機材は残っていて、バンドも組んでいますが、失せることなどないと思っていた情熱は、年々何処かへと姿を消しています。ある種、達成した事はあるし、やり切ったということかもしれない。

 

 

でも、もしまた何か意味を見出せるような活動、ステージがあれば、取り組みたいと思っている。メンバーは最高だし、一緒にプレイした先輩もいる。ただちょっと時間を割きたくなるような活動、目標がないだけ。非常に残念で寂しい。ま、復興支援に勝る意義なんてあるのか分かりませんが・・。

 

 

東日本大震災のときは、亡くなった方々のために、出来ることを一生懸命やらなければ!と奮起したのが音楽活動だった。2020年の1月17日に思う事は少し変化しているけど、目標さえあれば突っ走るところは変わっていない。

 

 

また長田へ足を運びたいと思う。今度は子供を連れて。

 

 

 

 

カメラ:Canon Eos5D markⅣ、Canon Eos kiss4